2011年9月11日 (日)

1984年 早稲田

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早稲田に住んだのは1年だけだ。
1984年。
バブル前夜の世の中だ。
しかし、今だにこの1年間の出来事は街の記憶とともによく覚えている。
まだあるもの。
既になくなってしまったもの。
あの頃の記憶を追いかけて、歩いてみた。
2010年11月に探した1984年の早稲田の記憶。

新宿区西早稲田2丁目。
今はなき安部球場に隣接してその古ぼけた学生寮は存在した。
建物は本館と別館とがあり、食堂と学生の部屋、それに住み込みの寮母さん2名がいたのが本館。
寮の大家さんの住まいと、その2階部分が学生部屋になっていたのが別館。
僕は、別館北。という聞からに条件の悪そうな部屋に住んでいた。
寮に申し込んだのがほとんど最後の方だったので、ほぼ選択の余地がなかったからだが、
窓をあけるととなりの家の物干し台越しにサンシャイン60を望むことができ、それほど住み心地の悪い部屋でもなかった気がする。
別館には、同じく北側に6畳の部屋がひとつ(ウチは4畳半)と、
廊下を挟んで南側に4部屋。
当時の住人とは、もうほとんど交流がないが、
唯一南側の一番広い部屋に住んでいた男とは未だに付き合っている。

Photo ちなみに、かつて寮のあった一角は、10年以上前にはすっかり再開発されて、今は立派なマンションが建っており、当時の路地も、さらには安部球場もない。
路地裏で、近所の小学生が遊んでいた光景を思い出す。
永遠に出会うことのできない心象風景となってしまった。

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ちなみに、マンションの一階にあるイタリアンレストランも、出来てから既に15年以上経過しているのではないかと思う。
出来たばかりの頃、来たことがある。
新しい風景すらも、既に過去の思い出のひとつとなっている事に、年月の過ぎ去るスピードの速さを感じられずにはいられない。


Nov10_6 以前寮のあった場所はすっかり変わってしまったが、寮の前の道だったところから、都電早稲田駅にむかって少し下りたところには、いまだにこんなアパートが残っていた。
僕の住んでいた寮もおそらく年代的には同じようなものなのだろう。

Nov10_7 寮のあった場所から、現在の早大図書館の脇の遊歩道を南側に進むと、グランド坂という通りに出る。
図書館の場所は、かつて安部球場のあったところだ。
僕らの住んでいた寮のおばさんによれば、江川の時代の巨人の正捕手だった山倉が早大に在籍中、柵を越えてホームランボールがたくさん飛び込んで来たそうだ。
僕がいた頃は、あまり有名な選手はいなかったように思えるが、正真正銘ここが早大野球部のグランドだった。
今ではただ、坂の名前に名残を残すだけとなってしまった。


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グランド坂を上に進むと、早稲田通りとぶつかる西早稲田交差点に出る。
グランド坂を背に、この右手がかつては細い路地で形成されていた一角で、角に大学イモを売る店があった。
交差点をまっすぐ早稲田通りにそって進むと高田の馬場駅。
左に進むと東西線の早稲田駅方面。
少し歩くと、何と松の湯を発見!
当時の学生寮には当然風呂などあるわけがなく、僕らはこの松の湯か、後述の大隈通りにあった銭湯(残念ながら名前を忘れてしまった)に通ったものだ。


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2010年3月22日 (月)

西新井大師

21mar10 21mar10_2 我が家の厄除けは、

西新井大師で行っている。

我が家には馴染みのないエリアだが、5年前から、厄除けといえば、わざわざここだ。

今のところ、足立区では唯一の馴染みのスポット。

21amr10 ちなみに、厄除け祈願では有名なお寺らしく、祈祷の申し込みをするのも、お札をお返しするのも、山門をくぐって左手の御祈願受付所で、簡単に手続きができる。

はじめて厄除け祈願をしようとする人、ネットで方法を調べたりするのだろうが、(ウチもどうすりゃいいのかわからず、ネットで調べたが)、案ずるよりも産むが安し。      来てみれば、意外と簡単に手続きができる。

ちなみに、それほど頻繁に訪れる場所ではないが、我が家のお気に入りの洋食屋さんがあり、お参りついでの楽しみになっている。

西新井 洋食「銀亭」

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2010年3月14日 (日)

散歩コース 品川駅から天王洲まで

再開発されて、以前とは全く別の街になってしまった品川駅港南口方面。

江戸時代、品川は海辺の景勝地だったが、港南口から天王洲へと歩いてみると、ここが意外に海に近い事がよくわかる。

もちろん今は海岸ではなく埋め立て地を縦横に切り裂く運河の景色ではあるが、東京は水の都だという事を再認識させられる。

本当は夏の夜景がきれいなのだが、昼下がりもそれなりに風情があってよろしい。

散歩コース 品川駅から天王洲までの地図

品川駅を港南口から出ると、右手にインターシティーのビル群がそびえる。

Photo 出口から空中回廊を使ってインターシティーに入っていくとそのまま建物の2階部分を結ぶスカイウォークへとつながる。

Photo_2 ビルに囲まれた一帯は緑地になっており、スカイウォークから見ると森を上空から見ているような感じで、なかなか面白い。

インターシティーを出て左に進むと旧海岸通りに当たるので、それを右折。すぐ先に楽水橋という交差点があるので、そこを左に曲がる。地元民しか通らないような細い道だが、そのまま進むと小さな橋に出る。

Photo_3何でもない小さなこの橋は楽水橋。

橋を渡った先は東京海洋大学。

下を流れるのは高浜運河。

渡り切って振り返ると、黄緑色の橋の色が鮮やかだ。

Tyharbor もう一度進行方向に目をやると、運河の交差点、ここは天王洲運河との交差点で十字路になっているのだが、その先に倉庫を改造したビアレストラン T.Y.HARBORが見える。夏の夜は、運河を眺めながらのビールを求めてすぐに満席になる有名なレストラン。 昼間の景色もなかなか風情があっていい。

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T.Y.HARBORへ行くには写真の「ふれあい橋」を渡る。   これは天王洲運河をまたいでいる鉄橋で、夜のライトアップされた姿が美しい。

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「ふれあい橋」を渡って左へ進むと運河沿いがボードウォークになっていて、夏の夜なんかに散策するにはもってこいの場所だ。

すぐ右手に見えるのは「ファーストタワー」、その右奥が「スフィアタワー」、左奥に見えているのが「天王洲センタービル」で、これはモノレールの天王洲アイルの駅と直結。出来たばかりの頃は、お洒落なスポットとして賑わっていたが、最近は客足も減り、テナント店舗も空きが目立ったりして、ちょっともの寂しい。

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2010年3月11日 (木)

羽田空港D滑走路

羽田空港D滑走路を見学した。

羽田空港全体図

羽田が東京の唯一の国際空港だった子供の頃、図鑑で見る羽田空港の滑走路はAとBの2本だけだった。自分がよく利用するようになったのは90年代初めころからだが、確かこのころ、ターミナルが2つに分かれ、ビッグバードが出来、今の形になった。

国内線の便数、利用者数の増加と、国際空港としての地位を再び取り戻そうとする羽田空港には4本目の滑走路が必要となり、D滑走路は今年2010年10月にはオープン予定との事だ。

D_2 羽田空港の敷地内に、D滑走路展望台なるものがあり、そこから見学するのだが、写真のようにプレハブ小屋だ。中は展示室になっており、ボランティアガイドが説明をしてくれる。建物の外観はショボいが、展示内容は中々興味深く、久しぶりに社会見学をしてるみたいで面白かった。

あいにく、この日は小雨混じり。しかも結構もやがかかっていて、見晴らしの方はあまり良くなかったが、完成前の滑走路なんてなかなか見れるものではないので、ちょっと得した気分だ。

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PhotoD滑走路展望台から見た多摩川河口。天気がわるかったので、こんな感じだが、晴れていればきれいだ。我が家にとっては、多摩サイ、スタート地点として馴染み深いところ。

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ちなみに、しっかりとしたパンフレトも作られているので復習もばっちり。

社会見学の後は、第一ターミナルに戻った。実はこの後、山中温泉に出発だったのだが、結構時間が余り、丁度この日にやっていたバンクーバーオリンピック女子フィギアフリースタイル、しかもキムヨナと真央ちゃんの演技をオンタイムでばっちり見る事ができた。(テレビの前は黒山の人だかり)

ランチはB1のカレー屋さん。空港のカレー屋さんにしては、ちょっとオシャレではある。

CURRY DINING "AVION"

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2010年2月28日 (日)

山中温泉

2010年2月

業界団体の親睦旅行で山中温泉に行った。

羽田から小松空港まで飛び、ホテルの送迎バスで約40分。

20年ほど前まで、山中温泉と言えば、男性の団体がメインの、ちょっとお下品な温泉場という印象だったが、イメージチェンジに成功したらしく、家族連れ、女性同士が多かった。

Photo_2 僕らの泊まったのは、かがり吉祥亭 出発するまで、幹事さんに任せっきりだったので、何の予備知識もなかったのだが、最近結構評判のホテルらしい。確かに、部屋、食事、風呂、どれも満足のいく内容だった。

Photo_3 親睦旅行だと、大抵、夕食は宴会。ってパターンだが、今回は、食事処で海鮮炭火焼。いわゆる宴会用の懐石もどきより、はるかに美味しく、お酒も飲みすぎないのがいい。御蔭さまで、この手の旅行にしては、たっぷりと睡眠する事ができた。

Photo_4 翌朝、朝飯前に温泉につかり、地元の食材が豊富に取りそろえられたビュッフェ朝食を摂り、出発時間までは結構時間があったので、同室のオジサンたち。僕よりも一回り以上も上の、アラ還のオジサンたちと一緒に、散歩に出かけた。ホテルを出てすぐ、川の方に下りていくと、こおろぎ橋という橋がある。なんでも室町時代から、ここには橋が架かっていたのだそうで、山中温泉では有名な名所らしいが、どこにでもありそうな橋ではある。

Photo_7 橋を渡ると、鶴仙渓遊歩道というのが、川沿いに整備されている。前日の雨にもかかわらず歩きやすい遊歩道だ。

Photo_8 少し歩くと、右手に看板が。何か名所にでも当たったのかな?と思って読んでみると、「目前の石、さしたるものではないが、鶴仙渓の一名所として讃えられる…」  何じゃそりゃ? と思って、見目前を見やると、

Photo_9 本っ当に、何でもないただの石…。

こんなものに名前を付けて、看板まで作っちゃって…。写真を載せてるオレもオレだが……(* ̄ー ̄*)

Photo_10 気を取り直して、歩いていくと、なかなか年季の入った石段があったり、

Photo_11 前日の雨のせいか、どぉーっと、すさまじい勢いで水を山上から供給し続ける滝!

なかなか変化に富んだ散歩道ではある。

そして、目の前になんだか変わった形の赤い橋が見えてきた。

2 「あやとり橋」というそうだ。

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橋の路面がまっすぐではなくS字にカーブしており、面白い構造だ。こおろぎ橋より、こちらの方が感激だ。華道の草月流家元、勅使河原宏がデザインしたんだそうだ。

橋を渡り、右手に芭蕉館を見ながら、路地を進むとメインストリートに出、そこを右に行くと、街の中心地。湯本は広場になっており、公衆の温泉や、山中座なんかがあって、ちょっとヨーロッパの広場に似た空間。

左に進むと、ゆげ街道と名付けられた、漆器店などが立ち並ぶ観光客用の道を通り、再びホテル、かがり吉祥へと戻る。

より大きな地図で

山中温泉 を表示

">今回のルート

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2010年2月14日 (日)

本日をもって閉店

2010年1月31日

僕の馴染みの店が本日をもっていくつか閉店した。

Photo Photo_2 まずは、新橋。

JR新橋駅に隣接した高架下という、特殊な場所にあった京急ストア。ここで買い物をした記憶はないのだが、新橋をよく利用するサラリーマンとしては、汐留口と、烏森口を結ぶ通路でもあり、当たり前のように見慣れた店がなくなってしまうのは、やはりちょっと、寂しいものがある。僕と同じような感慨にふける、年配のお父さんが写メを撮っていた。

ちなみに、前回書いた、ケントハウスもこの日が最終日だった。

Photo_4 左は、夏に都営地下鉄サイコロの旅

をやった時の京急ストア。

Photo_5 家の近所では、東宝日曜大工センターが閉店した。

決して安くなく、品ぞろえも抜群ってわけではないので、淘汰されても仕方ないのだろうが、ホームセンターとしては希少な存在だっただけに、ちょっと残念だ。

こうして、また身の回りから昭和の遺産が消えていくのであった。

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2010年2月 7日 (日)

変わりゆく新橋

2009年、僕にもとてもなじみ深いサラリーーマンの街、新橋でとても感慨深い出来事があった。

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昔からよく通っていた「うな新」といううなぎ屋さん。新橋のサラリーマンの間では割と有名な、焼鳥屋のようなうなぎ屋だった。こきたない店、昭和を感じさせるスチール製の椅子。 カウンターの向こうで、炭火で焼き上げるうなぎ串。決して高くなく、串1本からの注文に快く応じてくれる、新橋ならではのサラリーマン仕様のうなぎ屋さん。いつ行っても混んでいたものだ。ランチタイムも店先から漂うかば焼きの匂いに釣られ、何度入ったかわからない。

ところが、何ヶ月かぶりに訪れた「うな新」は、すっかり普通の、というか、ありきたりなうなぎ屋さんに変わってしまっていた。(上左の写真)

 ランチならまだしも、ちょっと夜来る気にはなれない店構え。 僕の足もすっかり遠のいてしまった。  

去年のある日、昼飯時に新橋を歩いていて、ふと、うなぎが食べたくなった。変わってしまったとは言え、馴染みの「うな新」。今日は「うな重の上」でも食べようかな。などと考え、歩みを進めてみたが、「うな新」が無い。 

気づかぬうちに通り過ぎてしまったかと思い、再度引き返してみるも、やはり無い。 

「あれ、確かカラオケ屋の隣だったよな?」と気を取り直し、注意深く探した。  

すると、「うな新」のあった場所に、別の店が!    「寿毛平??」 ん?スケベーだア?なんてこった。お気に入りの店が改装してお気に入りの店じゃなくなったばかりか、店ごと消滅しやがった。しかも、よりによって、なんじゃ?この訳の分かんない名前は!

20年以上慣れ親しんだ店、それも結構お気に入りだった店が忽然と姿を変え、さらに消滅してしまう。 実は最近、お気に入りの店が続々と姿を消しつつある。

これはヤバい! 昭和の面影を、僕の思い出を、店も街も全て変わり果ててしまう前に、少しずつ記録せねば!

そう思い、都営地下鉄の新橋駅に向かっていくと、な、なんと!

Kent_house_2

Kent_house

ケントハウスが閉店? 別に僕はここの店を贔屓にしていたわけではないが、徹夜覚悟の日にワイシャツを買ったり、年2回の大セールの時に、靴下などを買いだめしたり、やはり新橋のサラリーマンとしては、馴染みの深い店だ。

やはり、今のうちに記録しておかないと、東京中から思い出が消えてしまうぞ!

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2009年7月27日 (月)

都営地下鉄 さいころの旅 

年末年始、春、そして夏休み。都営地下鉄の1日乗車券が安い。「夏のワンデーパス」という夏季特定時期の土・日・祝日ならば、都営地下鉄全線乗り放題で大人500円、子供なら250円だ。都営地下鉄の初乗りは170円だから、3回乗り降りすれば元が取れる事になる。

週末は基本的に電車に乗らないのだが、たまには休日に行先を決めずに地下鉄に乗ってみるのも悪くないかな。と思い、「都営地下鉄さいころの旅」というのを考えてみた。 この手の企画はよくテレビでやっているが、とりあえず考えてみたのである!

用意するもの

Index_map_5  1.都営地下鉄の路線図: 東京都交通局のリンクからプリントアウトして 固い書類ばさみのようなもので挟んで持っていくと便利。

2.さいころ、  3.1日乗車券、 4、筆記用具もあると便利。

遊び方とルール

  1. まずは最寄りの駅に行き、1日乗車券を購入。(当日のみ購入可)
  2. 乗車駅が本八幡や西馬込のような始発駅でなく、途中駅の場合はさいころを振って偶数が上り、奇数が下り。
  3. 乗車駅が乗り換え駅の場合は、まずさいころを振って行く方面を決め、次に振ったサイコロの目の数だけ進む。
  4. 乗車駅での行き先が2通りある場合、奇数が出たら右、偶数は左。3通りの場合は①②が左、③④が真ん中、⑤⑥は左。4通りある駅では、①②が北、③④が南、⑤が東、⑥が西を選ぶ。
  5. 進行中に乗り換え駅に出くわした場合、乗り換え方面が2通り場合、3通りの場合に限られるので、乗車駅でのルールを適用させる。
  6. 乗り換えた先に、すぐに別の乗り換え駅がある場合、再びサイコロを振るのは面倒なので、乗り換え決定のサイコロは1回のみ、その後は直進する。 例えば下図で曙橋から神保町方面に進んでいて⑥が出た場合、神保町で行き先を決定する必要があるため、もう一度サイコロを振り、再び⑥が出たら、三田線の北行きに乗り換えで春日駅を通るが、ここで再度進行方向を決めることなくそのまま白山へ進む。

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サイコロを振って決まった乗車駅で降りたら、出来れば携帯のサイトなどに頼らず、せいぜい駅にある地図を頼りに、ブラブラとしてみるのが楽しい。仕事でいつも行っているような駅だと新鮮味が少ないかもしれないが、一度も通ったことのない道も必ず1本くらいはあるはずだ。また、日ごとにテーマを決めて、例えば、本屋が見つかるまで探す。とか、最寄りの神社で拝んでくる。なんてのも楽しいかもしれない。そしてやはり出来れば昼食などは、どこにでもあるチェーン店でなく、いかにも地元民しか行かなそうなローカルな食堂などで取るのが、見ず知らずの街を訪ねた時の醍醐味でもあり、その街の様子をうかがい知る事のできる貴重な存在なので、間違ってもガ○トや、マ●●●ルドなんかに入ってはいけない。

てなわけで、そのうち実践レポートを載せます。乞うご期待(って誰も読んじゃいねえな)!

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2009年7月 9日 (木)

グランセニックに決めるまで その2 ミ、ミニバンですか?

さて、我が家に必要な車の条件は決まった。

が、しかし、5人乗れて荷物もたくさん積める車で400万円以内。 カッコイイ車なんて買えるんだろうか?  ついにオレもミニバンに乗るようになっちゃうんだろうか?と、悶々とする日々が始まった。 正直言って、ミニバンに乗るってことはファミリーマンへの転落、男を捨てる事になるぞ。と、内心かなり焦った。

おそらく我が家の条件でミニバンを探せばそこそこの車が買えるんだろうと思っていた。エルグランド、プレサージュなんかがまず頭に浮かんだ。(どうも昔からトヨタよりは日産びいきだ) 確かにたくさん乗れる。荷物だって積める。400万出せば6気筒だった帰る。      しかーし、やっぱりどうにもこうにもミニバンなのだ。                        まずデザインが気に入らない。そしてシートアレンジの為なのだろうが、床じゅうレールだらけで落ち着かない。いろんな装備がついているが、はっきり言ってゴテゴテし過ぎ。オレにとったら全く快適な居住空間じゃない。

もちろん国産のミニバンにだって、これならデザイン的にOKかな? という車はある。エスティマ のデザインは割と好きだ。あと車格としたらちょっと落ち、選択肢の中には入ってこないが、単にデザインという事だけで言ったら、ホンダモビリオのスタイルも独創的ですぐれていると思った。

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小さいボディーに、なかなかの居住空間だ。他にはないデザインもいい。はっきり言って今のフリードよりも全然いい。

ホンダといえばやはりオデッセイ、これならマンションの機械式駐車場の下段にも入るし、デザインだった悪くない。乗ってる友人に聞いたところ走りのレベルも結構いいらしい。

Photo_10Photo_9  売れているなりの理由は確かにわかる。実際オデッセイは、日本の機械式駐車場のサイズにあわせて設計された車なのだから、普通に日本で乗るには最適な車なんだろう。昔、そう、かれこれ40年近く前か? マッチボックスというメーカーのミニカーにハマった事があった。モデルカーとしてのミニカーは、1/43を国際基準として、1/25とか1/72とかっていう統一スケールで作られるが、このメーカーのはスケールに関係なく、名前のとおりマッチ箱大の箱に納められる、子供が遊ぶためのミニカーを作っていたメーカーだ。オデッセイが機械式の駐車場に納められていく様子を見ていると、このマッチボックスを思い出してしまう。マーケティングの結果作られた傑作と言えない事もないが、なんだかマーケティング最優先、趣味性なし。みたいなところが、オレにとったらマイナスポイントだ。

はたして、ウチの車はこれに決まってしまうのだろうか?

次号に続く。 

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センターコンソールの修理

ルノー世田谷より、先日の6ヶ月点検の際に依頼をしておいたセンターコンソールの部品が納品されたとの連絡が入ったので、修理に出向いた。いつもなら作業が終わるまで何だかんだと居座って試乗車に乗らせてもらうのだが、今日は用事があったので一旦預けて2時間後に取りに行った。

グランセニックのセンターコンソールBOXは、とても便利なシロモノで、大容量で何でも入れておけるばかりでなく、可倒式のアームレストもついている。

Photo_11 最大の利点は、レバーの操作で前後にスライドする事。最前にスライドすれば、2列目の足元は完全にフラットになり、まんなかに乗る人の邪魔にならない。これが一番前に固定されたまま動かなくなってしまったのだ。ルノーの営業曰く、サイドミラーの故障はよくあるが(よくあるんかい!)、ここがいかれたのは始めてのケースだそうだ。

部品を本国から取り寄せたので、ちょっと時間がかかったが、もちろん無償で直してもらった。グランセニックは日本では極めて台数が少なく、部品も少ないだろうから長く乗るうちに、いろいろと苦労をしそうではある。

この日の要件はこれだけだったが、ルノーの駐車場がちょっと珍しい状態になっていた。

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ウチの隣にブルーのグランセニック。手前にあるお店のデモカーと3色そろい踏み。絶景かな。

Photo_14 ちなみに、ルノー世田谷店の隣は、古き良きブリティッシュスポーツカーの専門店で、写真のカニ目のヒーレーや、ロータスエランなんぞが置いてある。こちらも絶景。

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